講演要旨  

がん免疫療法における個別化医療の進展
―ドライバー突然変異からパッセンジャー突然変異へー


慶應義塾大学医学部 先端医科学研究所 所長
河上 裕


 最近、長年期待されていたT細胞応答を利用するがん免疫療法が、免疫チェックポイント阻害療法(抗PD-1/PD-L1抗体、抗CTLA4抗体)と培養T細胞利用養子免疫療法(腫瘍浸潤T細胞、がん抗原受容体遺伝子導入T細胞)として、明確な治療効果を示すことが明らかになった。従来から免疫療法が効くといわれていた悪性黒色腫や腎癌だけでなく、肺癌、胃癌、膀胱癌、頭頸部癌、肉腫、白血病、悪性リンパ腫など多様ながんで、進行がんに対しても持続する腫瘍縮小効果を示したことは、臨床の場での免疫療法の位置付けを一変させた。その結果、Science誌はCancer immunotherapy を2013年度Breakthrough of the Yearに選び、現在、多くのアカデミアと企業が免疫療法開発に参画し、がん治療の方向性が変わりつつある。一方、まだ効果が認められないがん種や患者も多く、今後、治療効果が期待できる症例を選択するバイオマーカーの同定、治療効果が期待できない症例を効果が得られるように変える方法も含めて、抗腫瘍T細胞応答に重要な複数のポイントを制御する複合免疫療法による治療効果の改善、個々の患者の免疫状態評価に基づいた個別化がん治療の開発が期待されている。

 さて、ヒト腫瘍免疫学の研究は がん免疫療法の開発とともに発展してきたが、近年の各種解析技術の進歩は微量な臨床検体を用いた症例の解析、特に免疫介入臨床試験症例における詳細な免疫学的解析を可能にした。その結果、免疫チェックポイント阻害療法では、がん細胞の主にパッセンジャーミスセンス突然変異由来の変異ペプチドを標的抗原とするT細胞が治療前に誘導されて腫瘍組織に浸潤しているが、腫瘍局所でT細胞が産生するサイトカインで誘導されるがん細胞やその他間質細胞のPD-L1やIDOなどの免疫抑制分子による局所フィードバック機構が作動して、がん細胞を排除できない状態になっている症例があり、そのような症例でPD-1/PD-L1阻害療法で治療効果が認められることが分かってきた。逆にがん遺伝子などのドライバー変異は、良いT細胞の標的抗原にはならずに、むしろ免疫抑制系を促進させる。このように抗腫瘍免疫抑制機構には、がん細胞の遺伝子異常を起点とするものと、誘導された抗腫瘍T細胞を起点とするものがあることが分かった。

 今後、個々の患者の治療前の免疫状態を評価することにより、適切な複合的な免疫制御を行う個別化がん免疫療法が重要である。免疫原性の高いDNA突然変異由来抗原をもち、すでに抗腫瘍T細胞が腫瘍浸潤している症例では、PD-1/PD-L1阻害療法で効果が期待できるかもしれない。免疫原性突然変異もなくT細胞がほとんど誘導されていない症例では、人工的な抗腫瘍T細胞を用いた強力な養子免疫療法が必要かもしれない。その中間の免疫状態であれば、様々な免疫制御法(Immunogenic cancer cell deathを起こす薬剤、がんワクチン、樹状細胞やT細胞を活性化する方法、免疫抑制の解除法など)を併用して(複合がん免疫療法)、抗腫瘍T細胞を体内で十分に誘導させてからPD-1/PD-L1阻害療法を行うことも考えられる。また、個々の症例で全エクソンシークエンスにより同定した突然変異をがんワクチンに用いること、さらに突然変異抗原に対するT細胞を体外で増殖培養して用いる養子免疫療法など、究極の個別化がん免疫療法の開発も進められている。これらの課題を解決するために、今、ヒトがん免疫病態のさらなる解明が期待されている。





ゲノム解析データによる国家的な個別化治療体制の構築:SCRUM-JAPAN


国立がん研究センター 先端医療開発センター長
大津 敦


 近年の次世代シーケンサーを中心としたゲノム解析技術と創薬技術の進歩により、ドライバー遺伝子を中心とした分子標的とその阻害剤の開発が急速に進み、いわゆるゲノム医療体制が現実に近づきつつある。一方で多くの固形がんでのドライバー遺伝子は希少な頻度であり、その診断手法や治療薬開発には希少がんでの開発と同様に大規模なスクリーニング体制の必要性など多数の問題が生じる。当センター研究所で発見されたRET融合遺伝子陽性肺腺がんに対する阻害剤バンデタニブの医師主導治験(研究代表者:当センター東病院後藤功一)ではその壁を克服し、海外に先行して開発を進めるために全国約200施設の診断ネットワーク(LC-SCRUM)を構築。陽性例では全国7施設での医師主導治験実施施設へ紹介していただき、オールジャパンでの新薬開発体制を構築した。さらに本スクリーニング体制に相乗りする形で、ALK、ROS1、BRAFなどの企業開発治験を効率的に進める体制に拡大した。一方、大腸がんにおいてもJSTでのベンチャー企業との共同開発でRAS、BRAF遺伝子などの新しい診断パネルを開発し、すでに日本および欧州でのIVD承認取得と抗EGFR抗体薬の新しい感受性予測遺伝子を発見した。本パネルを用いて、肺がんと同様の全国スクリーニングシステムGI-SCREEN(研究代表者;同東病院吉野孝之)を構築し、BRAF阻害剤などの開発治験と連動して効率的なスクリーニングを開始していた。すでに薬剤の標的となるpan-cancerゲノム診断パネルの開発は米国企業などを中心に急速に進み、普及の兆しがでていたことから、上記の2つのゲノムスクリーニング体制を合体し、新たに産学連携コンソーシアムとしてSCRUM-JAPANを創設。国内外大手製薬企業12社の資金提供を受けて2015年2月から肺がん・消化器がん4,500例/2年間を目標にスクリーニングを開始した。本コンソーシアムの目的は?わが国での分子標的治療薬開発の活性化と世界的エビデンスの創出、?わが国でのゲノム医療体制普及のための基盤整備、?公開可能な日本人ゲノム情報データベース構築、?次の創薬に向けた検体二次利用などである。このような国家的なゲノムスクリーニング体制は、米英仏などでも構築されており、米国NCIなどと連携をとりながら、将来的な共同利用も視野に入れている。また、わが国でのゲノム医療体制構築の基盤となるよう、パネルの承認やCLIA基準など検体の質保証の対応などを同時に進めている。現在、他の希少がんへの展開、リキッドバイオプシーなど新しい手法への応用などを視野に入れ各方面と調整中である。





ALK選択的分子標的阻害剤 Alectinibの創製


中外製薬(株)トランスレーショナルクリニカルリサーチ本部部長
青木 裕子


 近年の分子生物学的解析技術の急速な発展により、がんにおける様々な遺伝子異常ががん化のプロセスや腫瘍細胞の増殖に寄与していることが明らかとなっている。抗がん剤の創薬や開発においても、これら概念を応用し個々の患者の分子や遺伝子情報に基づいて、患者一人ひとりにあわせた最適な治療薬剤を選択する個別化医療の概念が具体化しつつあり、いくつかの分子標的薬剤においては、最小限の副作用で最大限の効果が発揮されている。
 Anaplastic lymphoma kinase(ALK)は1994年に未分化大細胞型リンパ腫において染色体転座の結果生じるNPM-ALKを構成する融合遺伝子として最初に同定された。その後、炎症性筋線維芽細胞腫瘍やびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫でもALK融合遺伝子が発見されたのに続き、2007年に現東大間野教授らにより非小細胞肺がんにおける新規融合型がん遺伝子としてEML4-ALKが同定された。抗腫瘍活性の強さとキナーゼ選択性の高さに焦点を絞り、ハイスループットスクリーニング及び多面的な物性評価を織り交ぜた種々の化学修飾を実施し臨床化合物の同定を試みた結果、Alectinib(CH542802/RO542802)を創製するに至った。酵素・細胞・ゼノグラフトモデルなどを用いた複数の非臨床試験結果がALK変異腫瘍に対する高い選択性を示した事から1)、2010年にALK変異を持つ非小細胞肺癌の患者セグメントに絞った第I/II相試験を日本国内で開始し、その成績2)を基に“ALK融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌”に対する製造販売承認申請を2013年10月に行った。同年9月に希少疾病用医薬品の指定を受け、優先審査品目に指定された事から申請後9か月で承認取得となった(2014年7月)。なお、欧米を始めとする海外での開発はF.ホフマン.ラ.ロシュ社が臨床試験を実施している(ロシュ社開発コード:RG7853)。
 本発表では個別化治療(Personalized healthcare (PHC) or precision medicine)に合致した分子標的薬剤Alectinibの創製・開発の経緯を総括すると共に、患者選択マーカーの同定・臨床試験における当該患者スクリーニング・診断薬の同時開発などに関する問題点・今後の展開を議論したい。


1) Sakamoto H, Tsukaguchi T, Hiroshima S, et al.: CH5424802, a selective ALK inhibitor capable of blocking the resistant gatekeeper mutant. Cancer Cell 2011; 19:679-90.

2) Seto T, Kiura K, Nishio M, et al.: CH5424802 (RO5424802) for patients with ALK-rearranged advanced non-small-cell lung cancer (AF-001JP study): a single-arm, open-label, phase 1–2 study. Lancet Oncol 2013; 14:590-90





テーラーメイド疼痛治療法の開発と実施


東京都医学総合研究所 依存性薬物プロジェクトリーダー
池田 和隆


 疼痛感受性個人差と鎮痛薬感受性個人差には大きな個人差があり、早期からの適切な治療を妨げている。これらの個人差には、環境要因に加えて遺伝要因もある。最近のゲノム科学の急速な進歩により、遺伝要因の解析手法はすでに確立され、かつますます簡便化されてきている。演者らは、鎮痛薬投与患者を対象として、鎮痛薬感受性と遺伝子多型との関連を検討している。解析対象遺伝子としては、オピオイドの主要作用点であるミューオピオイド受容体(MOP)やそのシグナル伝達経路を担う分子群に注目した。マウスにおいて鎮痛薬感受性系統差の遺伝子メカニズムを一部明らかにできたので、次にヒトにおける研究を行った。疼痛自体の個人差を最小限とするために、対象者は一定の手術を受け、鎮痛薬による術後痛管理を受けた患者とした。特に、下顎枝矢状分割術(SSRO)を受ける患者は、手術を受けるまでは痛みを持たず、若年者が多く、予定待機手術であるため状態が比較的安定しており、画一的で強い痛みを伴う侵襲を手術で受けることから、鎮痛薬感受性個人差の研究をする上で理想的な患者である。これらの研究の結果、解析した遺伝子の中で、MOPやGタンパク質活性型内向き整流性カリウム(GIRK)チャネル、電位依存性カルシウムチャネル、プリン受容体、TRP受容体などの遺伝子における多型が、疼痛感受性や鎮痛薬感受性の個人差に関与することが判明した(Fukuda et al., Pain, 2009; Nishizawa et al., PLoS ONE, 2009; Nishizawa et al., J Pharmacol Sci, 2014; Ide et al, PLoS ONE, 2013; Ide et al., Mol Pain, 2014; Aoki et al., J Pharmacol Sci, in press)。さらに、ゲノムワイド関連解析を行った結果、CREB1遺伝子近傍の遺伝子多型が、鎮痛薬感受性と強く関連することを見出した(Nishizawa et al., Mol Psychiatry, 2014)。そこで、これらの遺伝子検査を予め行うことで、患者ごとの鎮痛薬感受性を予測して鎮痛薬使用当初から適量に近い鎮痛薬量で疼痛管理を行う、いわゆるテーラーメイド疼痛治療法を開発して(Yoshida et al., PLoS ONE, 2015)、実際にSSROの術後痛治療において実施している。さらに、東京大学医科学研究所附属病院緩和医療科においてテーラーメイドがん性疼痛管理法の開発を目指している。





希少がん肉腫の新治療戦略;水平分業型の多施設共同治療連携と
血管新生阻害剤による分子標的治療


大阪府立成人病センター内科 病態生理学部門部長
高橋 克仁


【目的】稀少がんで全身どこにでも発生し転移する肉腫は臓器別の診療体制や専門医養成制度になじまない。成人軟部肉腫の過半数を占める胸部腹部内臓、後腹膜原発肉腫の転移再発例の診療体制は確立されていない。
【方法と結果】11施設(国内10、米国1施設)が得意な治療技術や情報を一つだけ提供して連携する「水平分業型」の肉腫共同治療連携のプラットホームを構築した。2011年1月〜2014年8月までの3年8か月間の試行期間に、北海道から沖縄までの44都道府県から紹介されたAYA(Adolescent and Young Adult)世代55症例を含む肉腫患者、純初診627例、再診1944例(重複例を含む)を大阪府立成人病センター内科に集約し、研究所での腫瘍分析を経て集学的な連携診療を行った。純初診627例のうち平滑筋肉腫が284例と最も多く、93%が再発転移例、95%が整形外科領域以外からの紹介であった。2011年―2013年の3年間の外科治療グループの実績では、381例に手術が施行され、再手術例を含めて腹部後腹膜外科(国際医療福祉大熱海病、新山手病、淵野辺総合病)の手術件数が302例、呼吸器外科(岡山大学病)の多発肺転移例の手術件数が74例であった。局所制御グループ(関東中央病)の肝臓ラジオ波治療は180例であった。一方、薬物治療分野では、2012年11月に血管新生阻害の新規分子標的薬ヴォトリエント(パゾパニブ)が保険収載され、多剤抗がん剤耐性例でもパゾパニブ単独または減量手術との併用で、57%の症例で8週間以上の病勢コントロール(PR18%+SD39%/67例の解析)が可能であった。パゾパニブ投薬数は2014年8月現在、亀田総合病;57症例、兵庫県立西宮病;67症例、八尾市立病;10症例など腫瘍内科の薬物治療専門医のもとに集約され、多数例の解析から有害事象や効果予測につき有用な情報が得られつつある。パゾパニブの標的分子(VEGFR1,2,3, PDGFRβ)の発現解析から、進行増悪例(PD)では腫瘍内血管にVEGFR2(Flk-1)が発現していないか、低い発現レベルの症例が多く認められた。また、乳腺悪性葉状腫瘍や高悪性度子宮内膜間質肉腫など、これまで有効な薬物治療がないとされてきた悪性軟部腫瘍に対しても病勢コントロール可能な症例が得られつつあることは特筆に値する。
【総括】希少がんである肉腫の集約化診療と集学的治療を可能にする国際的にも類を見ない共同治療連携のプラットホームを構築した。血管新生阻害剤パゾパニブの保険収載と相まって、肉腫の新治療体制の構築や新薬の開発、全ゲノム解析など、これまで困難であった基礎的臨床的研究が促進されるものと思われる。





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